年代 |
年代 ( 西暦 ) |
内 容 |
明治 31 年 |
(1898 年 ) |
片岡春吉が片岡毛織工場を設立し毛織物製造を始める。
縞セル地(着物地)製造に着手する。 |
明治 36 年 |
(1903 年 ) |
このころから「純毛縞セル地」が品評会や博覧会において数々の賞を
受賞するようになり、大手の問屋との取引を開始する。 |
大正 8 年 |
(1919 年 ) |
片岡毛織株式会社設立。 |
大正 13 年 |
(1924 年 ) |
片岡春吉没。享年 52 歳。 |
昭和 2 年頃 |
(1927 年 ) |
宝塚音楽歌劇学校の袴地を製織する。
当社より天覧品として出品した「サージ」を
陛下自らご選定されご購入頂くという栄誉を得る。
この頃より和服地から洋服地へと本格的に事業転換を始める。
染色整理設備をさらに動員し「サージ」の本格的な生産に着手する。
後に片岡毛織の 30 年に渡る主力商品「 700 番サージ」が生まれる。 |
昭和 25 年 |
(1950 年 ) |
警察予備隊(現在の自衛隊)の制服地を製織する。 |
昭和 31 年 |
(1956 年 ) |
大阪 OFK グランドウールフェアにおいて、当社より出品した婦人物服地が一位入賞。
国際羊毛事務局賞に輝く。 |
昭和 33 年 |
(1958 年 ) |
アクリルとの混紡毛織物「ボンネル」が好評となり、とくにスポーツ選手の
ユニフォーム地として採用された。
この年には大阪(現阪神)タイガース一行が見学のため来社された。 |
昭和 38 年 |
(1963 年 ) |
日紡貝塚バレーチーム(東洋の魔女と呼ばれ翌年の東京オリンピックで金メダル)の
ユニフォーム生地を作成。
この年の欧州遠征の際に着用した花紺のスーツ地に採用される。 |
昭和 61 年 |
(1986 年 ) |
天然素材(ウール)ブームの到来。 |
平成 元年 |
(1989 年 ) |
タスマニアウールや極細ウールを使用した高級織物や、
清涼感とドレープ感を持たせたウール超強撚織物を多数提供する。 |
平成 17 年 |
(2005 年 ) |
この頃より、ウールスーツ地以外にも、ファンシー、シルク、麻、コットンなど、
天然素材を中心に幅広い種類の生地を提供するようになる。 |